宿鳳山高円寺
高円寺の町の名前は、このお寺の名前からきています
3代将軍家光の頃(寛永年間)まで、高円寺村は小沢村と呼ばれていました。

たまたま家光が鷹狩りに出たとき、にわか雨に遭い近くの寺(高円寺)により雨宿りしました。
時の住職が家光を偉い将軍様としてではなく、ただの雨宿りの客として、さりげなく暖かくもてなしたのが大変気に入られたとのことです。

これが縁となり、それからは鷹狩りの度に立ち寄られるようになりました。
最近山門と参道が綺麗に整備されました
このようなことが何年も続くうち、寺院の裏手に仮御殿というか、お茶室というか、休息所のようなものができました。

ある時家光が、「いつも大変世話になるが、何かほしいものがあれば言って見よ」と聞かれました。
和尚は「私は仏門に仕える身として、これといって欲しいものはありませんが、もしできましたらお茶の木が欲しい」と言いました。

家光はわざわざ宇治からお茶の木を取り寄せられ、みずからお手植えされたとのことです。
この「お手植えの茶の木」は今も境内に見ることができます。
本  堂
このように将軍がたびたび高円寺に立ち寄られるので、「いついつに公方様が高円寺に行かれるそうな」といった形で人々の間に話されるようになり、やがてそれが地名のようになり、小沢村に代わって使われるようになりました。

今でも寺の屋根瓦に「三つ葉葵の紋」を見ることができます。
屋根の瓦には三つ葉葵のご紋章が入っています