居留地ものがたり

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Last Updated 2009.12.27

神戸旧居留地96.97番遺跡発掘現場

REPORT

函館MAPリニューアル!

写真も多数追加 

English version


  

////// / 居留地及び幕末明治外交関係参考図書(随時追加)(図書の検索もできます)
////  / 居留地の地図 (手書きのクリッカブルマップになっています。明治初期の古地図をもとに、

          近代建築や史跡を散策してみましょう。)

/////     長崎 (1870年完成。6つほどの地区に分かれる。商業はあまり発達しない。横浜・神戸へ移行)天主堂めぐり

         神戸  (自治も行われる)異人館めぐり 震災MEMORIAL(阪神大震災で失われた神戸の名建築の写真)

         大阪(川口)  (商業地から教会、学校、病院などのミッションの街へ)史料に親しむ

          横浜  (日本最大の居留地。山下(関内)と山手に分かれる)赤レンガ倉庫 参考図書

          東京(築地)  (開市場としては発達せず、公使館・領事館、ミッション本部・教会・学校など)

           函館  (居留地は有名無実で市内雑居が中心)

          新潟  (居留地はできませんでしたが、番外として歴史をふりかえってみました。)

///    リンク集          ///上海バンド建築ものがたり
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/   /上海写真帖
  上海(中国他)関連リンク集

                                      厦門(アモイ)REPORT

                                青島(チンタオ)REPORT

居留地とは・・・日米和親条約締結4年後の1858年(安政5)アメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスとの間に修好通商条約を締結。翌年、神奈川(横浜)・長崎、函館、を開港。1868年(慶応3)に兵庫(神戸)・新潟を開港、大阪・東京を開市した。それとともに設置されたのが居留地で、条約締結国の外国人の居住や通商のための特別区であった。居留地や周辺の雑居地は日本の近代化の拠点のひとつとなった。(神戸市立博物館「神戸・横浜"開化物語"展」(1999年)図録より一部抜粋)

時期的に言えば長崎居留地は幕末(1857年)から明治の初めまで発展し、その後は神戸居留地が明治20年代から大正初期まで、

横浜の居留地の位置での建築の発達はその後のこととなり関東大震災で全壊したあとの大正から昭和初期にかけてのこととなる。

このページ上部の画像は「横浜海岸通りクラブホテル」(長崎大学附属図書館所蔵) 


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