神戸華僑歴史博物館(to top)
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简介 (What's KOCHM?)
展品的说明 (Explanations of exhibits)
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展品的说明(Explanations of exhibits)
展品的精华 (Highlights of exhibits)
分布在世界的中国人、华人 (Ethnic-Chinese living worldwide)
神户华侨关系地图 (Map: the associations & activities of overseas Chinese in Kobe)
神户华侨历史年表 (Chronological table of overseas Chinese in Kobe)
神户开港与中国人的移来 (The opening of Kobe Port & the arrivals of the Chinese)
辛亥革命与华侨 (The 1911 [Xinhai] Revolution & the overseas Chinese)
华侨社会的发展 (The development of the Chinese community)
抗日战争与华侨 (The Sino-Japanese War & the overseas Chinese)
华侨社会的再兴 (The revival of the Chinese society)
生活在共生共荣的时代 (Living in the era of coexistence)
华侨的文化 (Cultural activities of the overseas Chinese)
神户中华同文学校百年史 (One hundred years of Kobe Chinese School)
关帝庙 (Guandimiao, the Chinese temple in Kobe)
南京町 (Kobe's Chinatown "Nankinmachi")
神阪中华义庄 (Kobe-Osaka Chinese Cemetery)
日本的华侨 (Overseas Chinese in Japan)


展品的精华(Highlights of exhibits)

 当館では、神戸華僑の生活と活動に関する、美術品から生活用具までの貴重な文物、文献、資料(写真、図表など)約200点を常時展示しています。 展示を一通りご覧になれば、神戸に中国人が初めてやって来た明治初年から現在までの、中国人と日本人との交流の足跡をたどり、華僑の社会、文化、生活を垣間見ることができます。


0. 展示ホール入口には、神戸にある華僑関係の施設の地図を掲げています。
 展示ホール正面の衝立には、当館のキーワードである「落地生根(らくちせいこん)」の書を掲げています。また、2004年時点における、世界各地に住む中国人・中国系人の数、兵庫県に住む中国人の数と出身地などを、地図と表にして掲げています。


1.神戸華僑の歴史

 まず、神戸華僑の歴史について、時代順に説明しています。幸い近年、神戸華僑の歴史に関する研究は、飛躍的な成果が生まれました。その代表的なものが、中華会館編『落地生根――神戸華僑と神阪中華会館の百年』(研文出版,2000年)および神戸華僑華人研究会編『神戸と華僑――この150年の歩み』(神戸新聞総合出版センター,2004年)です。
 当館の展示は、基本的に『落地生根』の構成をもとに、次のように時代区分をしています。

(1)神戸開港と中国人の渡来(1868年-1893年)
 開港当時の神戸の様子を古い地図や錦絵で紹介し、華僑の存在を明確にしました。また、西洋人の商社マンと中国人職員が一緒に撮った写真や、日本人との間で交わした土地売買契約書、兵庫県庁が発行した中国人を管理する証明書「籍牌」、華僑の商館、華僑が作った雑誌などを展示し、この時代の華僑の経済、社会、文化活動の一端を紹介しています。このなかで、江蘇省上海県(当時)出身の陳平斎・源来父子が開業し、発展させた合昌号の写真は貴重であり、実物の算盤とセットで展示していますので、華僑の創業当時の面影を偲ぶことができます。
【関連ウェブサイト】
*  神戸旧居留地
*  神戸みなとぴっくす (「おすすめコンテンツ」の「電子資料館」へ)
*  神戸市立博物館 常設展示「開港をめぐって」
*  神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ「神戸開港文書」
*  神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ「神戸関係の資料と地図」
*  日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所図書館デジタルアーカイブス「近現代アジアの中の日本」
【参考文献】
* 神戸外国人居留地研究会編『神戸と居留地――多文化共生都市の原像』神戸新聞総合出版センター,2005年

(2)辛亥革命と華僑(1911年-1913年)

“孫文と神戸華僑”――1913(大正2)年3月14日、神戸在住の中国人と財界有志は舞子にある呉錦堂の別荘「松海別荘」で、孫文歓迎の昼食会を開いた。

 神戸華僑と辛亥(しんがい)革命との関わりは独特な深い関係を持っています。すでに陳徳仁先生をはじめ、安井三吉先生、中村哲夫先生、松本武彦先生、陳來幸先生らによる研究成果が多くありますので、ここでは、辛亥革命を支援する組織「中華民国僑商統一聯合会」の資料や、孫文(そん ぶん)〔孫中山(そん ちゅうざん)ともいう〕の1913年3月13、14日における神戸訪問の写真を中心に、展示を組んでいます。この部分を神戸市舞子(まいこ)の孫文記念館〔移情閣(いじょうかく)と松海(しょうかい)別荘〕の常設展示と関連して見れば、孫文と神戸の関わりについて、さらに理解を深めることができます。
【関連ウェブサイト】
*  孫文記念館・移情閣
【参考文献】
* 陳徳仁編『辛亥革命と神戸』孫中山記念館,1986年
* 陳徳仁・安井三吉『孫文と神戸(補訂版)』神戸新聞総合出版センター,2002年
* 財団法人孫中山記念会編『孫文記念館概要』財団法人孫中山記念会,2005年
* 孫文記念館編『孫文・日本関係人名録(補訂版)』公益財団法人孫中山記念会,2012年

(3)華僑社会の発展(1893年-1937年)
 当時の華僑団体の設立や、日本の諸団体との交流などを中心に紹介しています。ただ、この時期に関する資料は非常に不足しています。当館では引き続きこの時期の資料の発掘に努め、より充実した展示を図っていきます。
【参考文献】
* 安井三吉「大正時代の神戸華僑――呉錦堂・王敬祥・楊寿彭を中心として」(陶徳民・藤田高夫編『近代日中関係人物史研究の新しい地平』雄松堂出版,2008年)
* 安井三吉「楊寿彭と孫文」(神戸『孫文研究』第46号,2009年9月)

(4)抗日戦争と華僑(1937年-1945年)
 この時期は、華僑にとって非常に不幸な時代でした。日本の官憲から迫害を受けた、神戸華僑のリーダーの一人 楊寿彭(よう じゅほう)の事跡や、戦争末期に福建同胞が官憲の取り調べによって殺害された事件などを紹介します。
【参考文献】
* 安井三吉『帝国日本と華僑――日本・台湾・朝鮮』青木書店,2005年

(5)華僑社会の再興(1945年-1970年代)
 この時期はご健在の諸先輩が経験された歴史でもあり、記録すべきことは多くあります。華僑社会における変貌ぶりを中心に、新しい団体や組織、施設の創設を中心に紹介しています。諸先輩、諸先生のご指導とご協力を得て、華僑社会に重要な貢献をされた方々について、肖像写真とともに、事跡を記録し、紹介を試みました。
【関連ウェブサイト】
*  神戸華僑総会(下山手通)
*  Kobe Chinese Weblog(神戸華僑総会・下山手通)
【参考文献】
* 陳來幸「戦後日本における華僑社会の再建と構造変化――台湾人の台頭と錯綜する東アジアの政治的帰属意識」(小林道彦ほか編『歴史の桎梏を越えて――20世紀日中関係への新視点』千倉書房,2010年)

(6)共生共栄の時代に生きる(1980年代-現在)
 この部分の展示は、神戸華僑歴史博物館が開館した後の時期を取り扱っていますので、全く新しいものといっても過言ではありません。ですから、内容については理解の不十分や表現の不適切は当然あるかと思います。この時代の特徴を“共生共栄”として、それに関連する華僑の団体や、中国人と日本人が協力して作った団体とその活動を紹介しています。今後とも、各方面のご指導をいただきながら、この部分をさらに改善し、充実させていきます。


2.神戸華僑の活動

 次に特定のテーマを設け、神戸華僑の各時代における活動を紹介しています。これを通して神戸華僑、日本の華僑について、具体的、立体的に理解を深めることができます。

(1)華僑の経済活動
 神戸開港以来、華僑は貿易などを通じて自らの生活基盤を築いてきました。一般的に神戸華僑には、華商の比重が大きいといわれています。神戸華僑の商業行為に関して、統計や記述といった史料は若干ありますが、華僑の手による具体的な史料は稀です。ここでは、福建省金門島出身の王明玉(おう めいぎょく)が開業した復興号の規約を取り上げました。この規約は1902(光緒28・明治35)年に制定されたもので、そこには、王明玉自身の復興号開業に至る経験と苦労、社員が独立する際の復興号に対する義務と持ち株(股分)による利益配分、社員の復興号経営に対する義務が記されています。また当時の中国語で書かれたこの規約から、華僑の商業習慣や、経営理念、文化的な素養などを知ることができます。
【関連ウェブサイト】
*  神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ「王敬祥関係文書」

(2)華僑と神戸の燐寸産業
“「王敬祥監製」マッチの箱”――マッチの商標は、アヘン中毒を治療する薬草「臥龍草(がりゅうそう)」の絵と「王敬祥監製」の文字をあわせたもの。箱の背面には、臥龍草の効用や処方、飲み方、そしてアヘン吸引の悪習をやめるようにと呼びかける言葉が中国語で記されている。このマッチは王敬祥が経営する「復興号」を通じて中国へ輸出されたようである。この商標は1906(明治39)年10月と1909(明治42)年10月の2度、王敬祥の実兄の王敬済によって登録された。田中マッチ(株)所蔵。蒋海波撮影。  神戸開港後、マッチ産業はたちまち興隆してきました。その背景には華僑の活躍がありました。兵庫県下では瀧川辨三(たきがわ べんぞう)の清燧社(せいすいしゃ)をはじめ、多くの工場がつくられました。マッチの販売に、華僑のネットワークが活用され、日本の安全マッチの販路は華僑の手によって上海、香港など中国南方各地、さらに東南アジアヘと広がりました。これらのマッチの商標には、中国人の習慣や嗜好、信仰などに合致した図案が用いられていました。今回は神戸にある(社)日本燐寸工業会、神戸らんぷミュージアム、さらに姫路の田中マッチ(株)のご協力を得、約百年前のマッチの商標を展示し、解説をほどこし、当時の絢爛多彩なマッチの商標を楽しく観賞できるようにしています。
【関連ウェブサイト】
*  田中マッチ(株)「燐寸博物館」
【参考文献】
* 加藤豊編『MADE IN JAPAN マッチレッテル万華鏡――明治・大正・昭和の登録商標燐票』白石書店,2001年
* 加藤豊監修・解説『マッチラベル博物館』東方出版,2004年
* 蔣海波「形象化された辛亥革命――マッチラベルから見る近代中国の社会変遷」(日本孫文研究会編『グローバルヒストリーの中の辛亥革命――辛亥革命100周年記念国際シンポジウム<神戸会議>論文集』汲古書院,2013年

(3)華僑の文化
 神戸には多くの中国人書画家や知識人の足跡が残されています。たとえば、康有為(こう ゆうい)、梁啓超(りょう けいちょう)らは、国内で維新運動を起こしたのち、日本に亡命し、一時期須磨(すま)に居住しました。また、胡鉄梅(こ てつばい)という画家は神戸で晩年を過ごし、死後、その墓を日本人妻の生駒悦(いこま えつ)とともに神戸に残しました。この胡鉄梅が妻生駒悦の名義で上海で創刊した『蘇報(そほう)』という文芸誌は、後に革命的な論説を掲載するようになりました。そのほか、1915年前後、明・清時代の扇面約千枚を一堂に集めて神戸市山本通りで「扇面博物館」を開いた廉泉(れん せん)という収蔵家についても、彼の扇面コレクションの一部の写真とともに紹介しています。

(4)神戸中華同文学校の百年
 当館では、1960年代から1970年代にかけて、教師(老師)たちの手によって作られた中国語(語文)、算数、歴史の教科書や、各時代を代表する場面の写真を展示しています。そのなかに、いくつかのデータが分かっていない一枚の写真を展示しています。その写真は、神戸中華同文学校家長会が横浜山手中華学校を訪問し、学校建設に関する経験談を交換した際撮られたものです。ここに写っているすべての方の芳名や、撮影時間に関して、諸先輩のご指摘をいただきたいと思います。
【関連ウェブサイト】
*  神戸中華同文学校
*  神戸華僑幼稚園
【参考文献】
* 陳徳仁編『学校法人神戸中華同文学校八十周年紀念刊』学校法人神戸中華同文学校理事会,1984年
* 学校法人神戸華僑幼稚園編『創立四十周年紀念刊』学校法人神戸華僑幼稚園,1990年

(5)関帝廟
 ここでは、関帝廟(かんていびょう)の様子、火災にあった時の新聞記事、震災復興募金のポスター、長い間華僑の孤児を世話してきた釈仁光(しゃくじんこう)和尚の写真と筆跡、さらに毎年旧暦7月中旬に行われる普度勝会(ふどしょうえ)の様子を紹介しています。
【関連ウェブサイト】
*  関帝廟((社)中華会館)

(6)南京町
 神戸の旧外国人居留地の西側にある南京町(なんきんまち)は、神戸華僑のルーツといわれています。戦前と戦後の一時期の南京町は、華僑が構えた住居や、中国物産店、飲食店が混在し、雑然とした市場であったようです。1981年から神戸市による区画整備が行われ、南京町は徐々にチャイナタウンとしての装いを新たにしてきました。ここでは、現存最古の店である「老祥記(ろうしょうき)」(1915年創業)の、初代店主とそのお嬢さんの写真を展示しています。この写真から創業当初の面影や、時代的な雰囲気、人間模様がよく伝わってきます。そのほか、南京町商店街振興組合の全面的なご協力を得て、区画整備前後を中心に南京町の歴史を紹介しています。
【関連ウェブサイト】
*  熱烈歓迎 南京町
【参考文献】
* 王維『素顔の中華街』洋泉社(新書),2003年

(7)神阪中華義荘
 神阪中華義荘(しんはんちゅうかぎそう)は、華僑社会を維持する一つの重要な施設です。展示では個々の家族のお墓を取り上げませんが、華僑の公的な記念碑に注目しました。「清国孩童総墓」(1900年建立,中国人子どもの共同墓)からは、当時の医療衛生の状況を想像することができます。「万善同帰」碑は1945年の神戸空襲で犠牲となった華僑を記念するもので、戦争の悲惨さを伝えています。また「阪神淡路大震災華僑留学生犠牲者慰霊碑」は1995年1月17日に起きた大震災の被害を伝えています。
【関連ウェブサイト】
*  中華義荘((社)中華会館)

(8)呉錦堂
 神戸華商 呉錦堂(ご きんどう)の生前と、彼の葬儀の様子や、故郷である浙江(せっこう)省慈渓(じけい)市の様子を紹介しています。
【参考文献】
* 中村哲夫『移情閣遺聞――孫文と呉錦堂』阿吽社,1990年
* 財団法人孫中山記念会編『呉錦堂――神戸と中国』財団法人孫中山記念会,2006年

(9)日本の華僑
 長崎、横浜、函館、大阪、東京、京都の華僑関連の施設を展示しています。特に長崎や横浜に関しては、中華街の街並みを中心に、中国色が濃く残されている場面を、写真家、研究者のご協力と現地華僑団体のご支援を得て、展示しています。

(10)華僑とスポーツ
 野球チーム、バスケットボールチーム、登山会など、神戸華僑社会の団結に重要な役割を果たしたスポーツ団体の写真を展示しています。

(11)世界華商大会
 世界華商大会は、世界各国・地域で活躍する華人企業人の交流と情報交換の場として、1991年にシンガポール共和国のリー・クァンユー(李光耀)元首相が提唱し、同年8月シンガポールで第1回大会が開催されました。シンガポール、香港、タイの3中華総商会が幹事役となり、開催地を決めてきました。1999年からシンガポール中華総商会内に常設の国際事務局がおかれ、2005年から同事務局は香港中華総商会内におかれています。大会は2年ごとに事務局が決めた開催地の中華総商会により開催され、討論や、商談、情報交換などが行なわれています。
 第9回大会(2007年9月15~17日)は神戸・大阪で開催されました。
 ここでは、大会の各回のパンフレットを中心に展示し、その足跡を辿っています。


3.後記

 当館の創設者である陳徳仁(ちん とくじん)先生の略歴と文章、そして今回のリニューアルオープンに際しご協力下さった諸団体の芳名を、展示の締めくくりとして、衝立に掲げています。当館の創設当初の苦労を偲び、リニューアルオープンへの各方面のご援助に対し謝意を表し、後世に意義ある記念の結晶としていきたいと思います。
【参考文献】
* 司馬遼太郎「街道をゆく(第560回)――神戸散歩④ 陳徳仁氏の館長室」(『週刊朝日』1982年11月5日号)
=⇒この文章は、司馬遼太郎『街道をゆく(21)――神戸・横浜散歩、芸備の道』(朝日新聞社(文庫),1999年)などに収められている。


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