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日本の伝統芸能の浪曲と河内、江州音頭の達人、3代目天光軒満月の内弟子、天光軒新月の紹介。

浪曲師天光軒新月写真
浪曲師:天光軒新月
(てんこうけんしんげつ)
本名:池田博之
生年月日:S28年11月29日
プロフィール
大阪府高槻市西町出身。
父親は造園業を営み、5人兄弟の長男。
博之は少年の頃から音楽が好きで、
中学3年からピアノのレッスンを受け、
将来は作曲家になろうと夢見ていた。
江州音頭に入ったのは浪曲よりも早く、
すでに12才の時に女流の桜川小春師に師事。
そしてこんにちも毎年高槻市の
「とんだ祭り盆踊り」を 始めとして 各地で
数名の門下生とともに活躍し 、また
江州本場の音頭師諸氏とも交流を広めている。
博之は17才の時に、父の許に働く
植木職人たちが レコードで浪曲を
かけているところを耳にして
浪曲はいいものだなあと思った。
職人たちは好んで米若師の「佐渡情話」
ばかり かけていたが博之が他にないのか
と聞いたら、 三代天光軒満月師
「父帰る」をかけてくれた。
この満月節を聴いた時点で
博之の人生が決まってしまったのである。
彼が7才の時に事情があって父は
母と別れ8才の時に後妻を迎えていた。
義理の弟妹たちを思んぱかった彼は、
家をでる決心をして高校3年の
春休みを利用して大阪に来た。
浪曲家になろうと三代満月師の
住所を探して訪ねた。
浪曲家になりたい旨を打ち明け、
ちょうど2週間ばかりの巡業があったので
彼は満月師の共をして行ったが、
親の了解をとっていないことが
満月師に知られて大変に怒られた。
改めて父母の承諾を得るべく故郷に戻り、
叔父を保証人に立て、叔母に連れられて
昭和46年4月10日
正式に満月師の弟子となった。
同年7月10日に奈良県五条市民会館で
初舞台を踏み学生服のまま
「佐渡情話」を語った。
『小満月』という名をもらったのは
翌年7月道頓堀朝日座に出演した時である。
同49年6月年期を終了、師匠の計で上京し、
三代玉川勝太郎師 の許で1年間の
勉強に励んだ。 同51年7月、
高槻市民会館で満月師の口上で
披露を行ない、 「美しき罪」を読んだ。
翌月再上京し『新月』と改名。
しばらく東京にいたが、現在は浪曲親友協会に
属し、おもに関西で活躍中である。

【おもな公演】
1991年4月
キングレコードから浪曲「越前竹人形」
原作・水上勉、脚色・房前智光をレコーディング
1993年9月
守口市立公民館にて江州音頭『新月会』発足
1996年8月
古川橋ルミエールホールにて第1回東西江州音頭大会新月会公演
1997年6月
コロムビアレコードから江州音頭「葛の葉白狐伝」
編曲・杉村寿治、音源・浅野博司、
コーラス山口ひとみ、岩島佳子、吉武久美子をレコーディング
1998年1月
高槻現代劇場にて第2回郷土音曲高槻フェスタ新月会公演
1998年9月
滋賀県琵琶湖バレーにて盆踊り大会新月会公演
1999年3月
大阪読売文化ホールにて東西江州音頭大会新月会公演
1999年3月
上海、北京にて東方文化芸術団訪中公演を予定していたが
1999年9月に交通事故の為 、不参加となる
2000年10月
守口市立公民館にて江州音頭勉強会終了の為、新月会解散
【18番】
浪曲
「美しき罪」「荒城の月」「足軽物語」 「二等兵物語」嵐の孤児」
江州音頭
芦川淳平作「壷坂霊験記」

    村井市郎先生をしのぶ会が開催されました。2009年10月4日

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