2010年4月18日の咸臨丸寄港150周年を記念したサンフランシスコ桜まつりの大名行列に引き続き、2010年6月6日はNYセントラル
パークで150年前の徳川幕府公式派遣遣米使節団(77名)を再現させて頂く栄誉に浴しました。
日米交流150周年の節目にセントラルパークを行進したサムライパレードが、恒例行事に進化し更なる友情と交流が促進される事を願っ
ています。ニューヨーク総領事館西宮伸一大使閣下始め現地実行委員会並びに国内の関係各位様に改めて厚く御礼申し上げます。
平成22年9月11日
NPO法人 鍋島三十六萬石大名行列まつり推進委員会
NPO法人 鍋島三十六萬石大名行列まつり推進委員会
住 所 840-0824 日本国佐賀県佐賀市呉服元町8-13
電 話 0952-29-7788(FAX兼用)
佐嘉鍋嶋三十六萬石大名行列まつり
奉祝 秋篠宮悠仁親王殿下 お印は『高野槇』
鍋嶋家 杏葉紋(ぎょうようもん)
鍋島家杏葉紋由来
元亀元年8月19日(西暦1570年9月18日)、村中城に籠る竜造寺軍(5000人)は、大友宗麟の弟の大友親貞を
総大将とする6万の大軍に包囲され籠城策が大勢を占る中、8月20日早朝に重臣鍋嶋直茂(信生)は奇襲部隊を率い
城を抜け出し、翌日の戦勝を祝い士気を緩めている今山の大友軍本陣を奇襲、乱戦の中に総大将大友親貞の首級を
上げ大勝利となるきっかけをつくりました。
天正12年(1584年)、 五州二島の太守となった竜造寺隆信は3万の軍勢で沖田畷(なわて)に進攻したが、奇略を
もってなる島津・有馬連合軍6千人の奇襲を受け横死、 遺領を継承した鍋嶋直茂(信生)は今山の戦いで得た大友家
家紋の杏葉紋を鍋嶋家家紋と定め家督を嫡子勝茂に譲り隠居、元和4年(1618年)6月3日に病死、戦国武将として8
2歳の長寿を全うしました。隆信公と直茂公を祀る松原神社は今も参拝客が絶えません。
hiro217@dream.ocn.ne.jp