歴史と沿革
  
「柳井縞」は、柳井が商都として栄華を極めていた江戸時代、綿替(木綿商人が職人に原料を渡し、織る手間賃を払って製品を引き取る方法)として発達しました。これが柳井縞として全国にその名を馳せたのは、江戸中期の頃からです。岩国藩が宝暦十年(1760年)から始めた織物の検印制度によって、高い品質が保証されていたからだと言われています。しかし、近隣諸国の織物衰退という時代の流れは柳井縞も例外ではなく、明治の後半から急激に衰退し、大正初期以降は幻の織物になったしまいました。近年伝統の芸を復活させようという、地元の絶大な声を受けて再びその生を受けた「新生柳井縞」は手織の風合いを大切にしながら新しさを加えて創作された木綿です。その素朴な手織の感触は「柳井縞」ならではです。
店長柳井縞を織る
藤坂屋オリジナル「柳染め」の「柳井縞」
 
元来、藍染めが主流だった「柳井縞」ですが、藤坂屋の「柳井縞」は、上記で述べた、伝統を大切にしながらも、藤坂屋ならではの独自の染料も使用しています。それは、「柳井」の地名発祥の地と言われている「湘江庵」の「柳と井戸」の柳の葉を原料としたものです。染め上がりは、独特のやや濃い山吹色です。伝統的な藍色の「柳井縞」とはまたひと味違った色合いを楽しむことができます。

●明治時代の鉄道唱歌より
「風に糸よる柳井津の 港にひびく産物は
甘露醤油に柳井縞 辛き浮世の塩の味」
柳と井戸