企画出版作品のご紹介 |
|||||
| ■シャープを創った男 早川徳次伝 平野隆彰著 | |||||
失っても失っても再起した 泣かせるビジネス偉人伝 シャープペンシルから液晶へと飛躍した企業の遺伝子とは <目次> プロローグ 事業家誕生 第1章 貧乏長屋 第2章 徒弟時代 第3章 早川式繰出鉛筆 第4章 関東大震災 第5章 関西へ 第6章 ラジオの時代 第7章 国産テレビ第一号 第8章 シャープの遺伝子 日経BP社 2004年4月26日初版発行 定価 本体1800円+税 |
|||||
|
|
|||||
| 経営コンサルタント、三浦康志氏の『日刊ミウラeレポート』 (船井総合研究所ウェブサイト)より シャープペンシルを発明したのは、シャープの創業者、早川徳次だということは知っていました。シャープという名がそれを表しています。しかし、電機メーカーがなぜ、文房具を発明するのか、長い間の疑問でした。シャープを創った男(平野隆彰著、日経BP社)を読んで、長年の疑問が解けました。 早川徳次は、東京の下町、本所深川に生まれ、8歳から丁稚奉公に励み、18歳で独立します。この間の仕事は、金属加工業。丁稚奉公時代から、ベルトのバックルである徳尾錠(徳は徳次から命名)、水道の蛇口の発明で才覚を現し、万年筆のクリップの工夫をへて、金属加工と筆記具の融合である、シャープペンシル(早川式繰出鉛筆)の発明に行き着くのです。 この大発明で事業は急成長するのですが、関東大震災で壊滅的な被害を被ります。工場が全て焼けてしまっただけでなく、最愛の家族、妻と二人の子供、も失ってしまいます。残ったのは社員と借金。社員を活かし、借金を返済するための窮余の策として、大口取引先であった大阪の文具問屋、日本文房具、にシャープペンシルの特許と事業の譲渡を申し入れたのです。徳次と主だった社員は技術指導のために、大阪に拠を移すことになります。 8ヶ月の契約期間終了後、徳次は東京に戻らず、大阪の地で、早川金属工業研究所を再創業します。旧社員も、給与のことは気にかけず、続々と徳次の下に馳せ参じ、細々と金属加工業を再開します。その当時、ラジオ放送が開始されるという時流をつかみ、ラジオ製造にいち早く参入し、現在の電機メーカーの礎を築くのです。 商品のアイデア、その特許、そしてビジネスモデル。企業にとってとても大きな財産です。しかしそれ以上に大きく大切な財産は、人であり、高い志を共有した組織です。早川徳次の生きざまが教えてくれるのは、これにつきます。高い志を共有した組織さえあれば、素晴らしい商品やビジネスモデルはいくらでも生み出せます。そしてその組織は、長期にわたって生成発展することになります。 |
|||||
|
|
|||||
|
|||||
|
|
|||||
<韓国語訳> ![]() 2006年秋 韓国で出版 韓国の出版社が翻訳出版したいという話があると、日経BP社から知らされたのは2年ほど前(2005年)のことだった。その後、何の音沙汰もなかったのですっかり忘れていたが、昨年(2006年)の夏頃、韓国の知人から電話があった。翻訳本が出版されたことを「車のラジオで聞いた」というのである。ところが、それから数カ月たっても翻訳本は届かなかった。いったいどうなってのるかと思いつつ、また忘れたころに本が送られてきた。 人物名がところどころ漢字で書いてある。もちろん、それ以外は何を書いてあるのか、さっぱりだ。ページ数は原本と同じくらいだが、あちらの本はだいたい文字が大きい(日本語の倍ほど)はある。かなり意訳されているのだろうかと、そこが気になるところ。中国語や英語に訳されたらもっと嬉しいのだけけれど、何はともあれ翻訳本になったことは喜ばしい。 平野隆彰 |
|||||
|
|
|||||
|
お問い合わせ先 ahum@peace.ocn.ne.jp |
|||||
|トップページ| |企画出版| |自費出版| |
|||||
|
|