| ■第8号 | ||||
マンガ家さいわい徹さん のスローライフ
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私たち(妻と母との三人家族)の住んでいるのは山側。そこに500坪程の土地を購入し、2×4(ツー・バイ・フォー)の輸入住宅を手作りで建てて住んでいるのです。手作りというのはつまり、工務店などの建設業者をいっさい通さず、すべて自分たちでやるということなのですが、それは、予想以上に大変な作業でした。引っ越しの当日になっても我が家は完成せず、未完成の我が家に住みながら、慣れない電動式大工道具と格闘し続けることとなるのです。本職のマンガの仕事の〆切にも追われ、それはもう大変な毎日でした。 そのことは、また別な機会に書くとして、今回は、この地での私たちの田舎暮らしの日々を、いくつか思いつくまま、いろいろなタッチでご紹介したいと思います。まずは、すこしマンガチックな表現のものから。 犬たちとの時間?奴との出会い? なぜだろう、犬を飼う時、その犬に運命的な出会いを感じてしまう。奴の場合もそうだった。愛犬マサと散歩をしていると、向こうの方から、やせ細り、ドロドロになった奴が、ひょこひょことやって来たのだ。道行く人に親しげに近寄っては、追い払われている。 「捨て犬だわ。見かけない顔ね----」マサはそう言って、少し身構えていた。 やがて奴は、僕らから少し離れた所で立ち止まった。 よく見ると、ひょうきんな顔をしている。そのひょうきんさが、かえって哀れさを誘った。 気が付くと、僕は奴に声をかけていた。 「僕とこへくるか?飼っちゃるで」思いがけない僕の言葉に、奴は目を白黒させながら答えた。 「しばらく考えさせて」 「あんたは???オスよね?」マサが聞く。 「オレは、男だ!」 片足をヒョイと上げ、しっかり立ちションをして奴は去っていった。 「かわいい!まだガキよ」 マサは、そう言って目を細めていた。それからしばらく、奴は姿を見せなかったが、なぜか僕は、奴との再会を確信していた。運命的な出会いを感じていたのだ。 そして、どこで住所を調べたのか知らないが、ある日、奴は突然、わが家にやって来た。 奴が家族の一員となって半年以上が過ぎている。ゴン太という名前を付けてやったのだが、気にいらないのだろう、呼んでもいまだに知らん顔だ。最大の誤算は、散歩だった。マサと別々にせざるを得ないのだ。マサが右に行けば奴は左に行くし、先輩としてのマサが先に行こうとすれば、男尊女卑の思考を持っているのか、男としての奴が先に行こうとする。散歩にならない。それに、白い軽トラックが通ると、奴は猛然とそれに突っ込んでいく。いや、すがるように追いかけると言ったほうがいい。危ないのだ。 「そうか、おまえは捨てられる時、白い軽トラックに乗せられて来たんだな」 奴は、自分が捨てられたとは思っていない。だから、僕のそんな言葉には耳も貸さない。 奴と二人で散歩をしていると、いろんなことがわかった。近所の人たちは、「よかったなあ、マンガ家さんに飼われて!保健所に連絡いれとったとこよ」と皆、口々に言う。我が家に来るのが少し遅ければ、奴は処分されていたのだ。シャンプーとブラッシングされて男前になった奴を見て、外車に乗った紳士が言った。「ええ柴犬やなあ!」知らなかった。奴は柴犬だったのだ。 「どうでもいいよ、そんなこと」 奴は、迷惑そうに言った。 時々、奴は寂しそうな顔をして遠くを見る。 「ボクには、本当は返るべき所が別にあるんだと思ってるんでしょ。ワタシも捨て犬だったから気持ちは分かるけど、今の自分をちゃんと見つめないとダメよ」マサが話しかける。 「おばさんも、捨て犬だったの?」 「大切なことをひとつだけ教えてあげる。それはね、ワタシを、おばさんと呼ばないことよ」 「分かったよ、おばさん」 ふたりの会話は、満天の星空に吸い込まれていく。大阪から和歌山のこの地で田舎暮らしを始めて4年目の初夏がやってきた。まもなく蛍が飛び交う。その淡い輝きを見つめながらの静かな夜は、おそらく今年はないだろう。夜になると、奴がやたら吠えまくるのだ。挨拶にくるタヌキやサルをほっとけないらしい。仕方がない、まだ子どもだ。今年は我慢。見守ってやるしかない。犬たちといると、なぜか優しい気持ちになる。僕のすきな僕がそこにいる。犬たちとのしあわせな時間がそこにある。 月の色 大きくあくびをした猫が月に気づきます。 高い木の上の離れザルが、自分を照らす月に気づきます。 物思いにふける若者が、カップのコーヒー に映った月に気づき、夜空を見上げます。 夜空には、満月。 暖かい月の色に若者は微笑み、 凛とした気高さに猫は見入り、 離れザルは涙します。 月の色は不思議だ---- それぞれの色に輝き--- 今夜も---- 月の住人を増やしていく----。 そんな見開き2ページのマンガを描き終えた時、不思議な気持ちになりました。それは、今までの僕のマンガにはなかった世界だったからです。離れザルがなぜ登場してきたのかというと、最近、近くのスギ林に、どこから来たのか子ザルが一匹住みつき、哀れな声でいつも泣いているからです。はじめの頃は、木登りも下手で、ザザーッ、ザザーッと木から落ちる音がしていました。寒い季節でした。こんな所で何を食べていくんだろうと心配したものです。大きくはっきりした満月を見た時、なぜかその離れザルと結びついてしまったのです。 梅の花が咲く頃には、鹿と出会いました。農家の人が言うには、梅のつぼみを食べに山から降りてきたのだろうということです。 パチンパチンと梅の枝を切る農家の人に、なぜ、せっかくつぼみをつけた枝を切り落とすのか不思議に思い、聞いてみました。つぼみがそのまま梅の実になり、収穫となるわけですから、その枝を切り落とすということは、わざわざ収穫を減らすことになるわけです。 「今年だけ儲かればいいのであれば、付けたつぼみは多ければ多い程いい。でも、たくさん実をつけすぎると、梅の木は次の年だめになる。木自身が衰弱していくんよ」 今年だけの収穫を追いかけすぎるとだめなのだという農家の人の答え。収穫とは、採り尽くすことではなく、育てることなのだ。わが仕事とダブり、身の引き締まる思いがしました。ところで、例のあの離れザル、どうやら畑の作物を食い荒らし始めたようで、いつか農家の人たちに捕らえられそう。人間と動物たちの共存は、かなり難しいようです。 紙吹雪 ポソッ、マンガの原稿ならそんな擬音を書き入れたかもしれません。穴を掘る僕のシャベルが、不思議な空間に吸い込まれたのです。ゆっくりとシャベルを送り込み、静かに引き上げる。土とともに僕のシャベルに乗って出てきたのは、人のシャレコウベ。一瞬、僕の手足は固まりました。 「静かにそこへ置いちゃって。17年前に埋葬された、ここのおばあちゃんよ。墓穴はひとつなもんでのう」 手慣れた人のその言葉で、僕は、ゆっくりと、「それ」を穴の外に置きました。それは、生まれて初めての墓穴掘り体験でした。この地では、火葬だけではなく土葬がまだ行われているのです。その日、近所の人が亡くなり、同じ区に住む私たち総出で葬儀をすることになりました。総出といっても、私たちの区は、全部で11軒。この地では、葬儀は、葬儀屋さんにはいっさい頼まず、総て自分達でやっておられます。わずか11軒で葬儀の総てを行うのです。誰かが言いました。葬儀は、亡くなった人へのお祭りなのだと。区の人たちの何から何まで手作りのお葬式----。 荷車に乗せられた棺をみんなで列をつくって墓地まで送っていくのですが、その心のこもった「野辺の送り」という儀式は、まるで黒沢明監督の映画「夢」のワンシーンを思い起こし、感動的でした。僕は、なんと、列の先頭にたって、紙吹雪を捲きながら歩く、道先案内人の役をさせていただいたのです。 何ヶ月か過ぎると、土葬された棺が腐り、墓穴の崩れる音がするといいます。火葬に比べると土葬は、いつまでも、そこに愛した人が存在し続ける場となるのです。 お葬式に限らず、この地では、道造り、川掃除など、自分たちの生活は、みんなで協力しあいながら進められていきます。自分たちの住んでいる所への愛情の深さが伝わってきて、都会がなくしたものの大きさを思い知らされます。 蛍の輝き あっという間に紙数が尽きてしまいました。とりとめのない事ばかり書いてしまったようです。なぜ僕が田舎暮らしを始めようとしたかは、定かではありません。ただなんとなくとしか言いようがないのです。先日、缶ビール片手に川に行ったら、蛍が群れ飛んでいました。あんなにたくさんの蛍をみたのは初めてです。人の命のような淡い輝きがいくつも僕のそばを通り抜けていきました。そのひとつひとつが懐かしい思い出のようで----。 不思議な静けさ、透明感、優しさ---。都会では味わえないひととき---。 それは、たんに蛍に出会えたから感じる世界ではないような気がします。田舎暮らしの中での、多くのひとたちとの関わりの中から醸し出される世界なのかもしれません。 人形劇団クラルテで役者と美術を5年。退団後、マンガ家となる。「上方芸能」誌への執筆などを経て、4コママンガ誌「まんがタイム」でデビュー。第5回藤子不二雄賞入賞。1998年に和歌山県日高郡印南町に移り、田舎暮らしをしながら創作活動を続ける。著書に「ボクはコースケくん」(芳文社) 「フータブータのコロコロさんすう」(清風堂書店) 「青木文教」「中江藤樹」(ともに滋賀県安曇川町発行)「聖徳太子」(叡福時)など多数。4コママンガから、脚本を含む劇画まで、幅広く執筆。 |
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