■No.1
 帰農法の時代

 これからは帰農法の時代だと思う。
 帰農法とは・・・?
 文字どおり、農業に帰るということにほかならない。

 個々の具体的事実から普遍性を求める方法を「帰納法」という。
 帰農法もそれに近いかもしれない。
 つまり、食の安全・安心、食糧自給率、人口爆発、世界の飢餓、環境問題など・・・
 現代社会の個々の問題点を考えると、「農業」の普遍的価値にいきつく。
 演繹的(普遍から特殊を導く)に考えても、やはり農業が中心だろう。

 漠然とながらそう思い始めて、もう20年、いや30年以上にはなるだろう。
 晴耕雨読という生活スタイル。
 年寄り臭いかもしれないが、なぜか、それが若い頃からの原風景としてあった。
 
 農園を借りて百姓の真似事を始めてからは、かれこれ25年になる。
 雑草だらけの畑に、何種類かの野菜をつくっていた。
 夏はきゅうりやなすができすぎて、独身ゆえ一人では食べきれず、もてあました。
 炎天下の畑仕事にうんざりして数年間中断したこともある。

 やがてカミさんと一緒に畑作業をするようになった。
 その当初、私は彼女の農業指導員のつもりでいたが、立場はすぐに逆転した。

 農業指導員といっても、サツマイモをじゃがいものように切って
 植え付けするような知識しか持ち合わせていなかったからだ。
 ご存じのとおり、じゃがいもは種いもを2、3に切って植えつけるが、
 サツマイモはその苗を植えるのである。
 そんなわけで私は、彼女の指示によって土を耕す小作人になってしまった。

空楽園 力仕事をもっぱらにする小作人であっても、相方と一緒にする畑仕事は楽しい。何ごとも大雑把な私だが、彼女はこまごまと計画を立てるのが好きである。80坪の畑に対しても、毎年新たな年間計画をつくり、50種類ほどの野菜をつくった。多品種少量生産で、スーパーなどで野菜を買うことはほとんどなくなった。
 
 その畑は、姫路市の北、夢前町(ゆめさきちょう)の農業公園内にある。西宮市の自宅から往復3時間半の道のりをほとんど毎週通い続けた。畑に行けない週もあるが、野菜たちは強いものだ。真夏の炎天に耐えながら、私たちを健気に持っている。必死に生きようと、その環境に適応するのだ。

 「水はなくても愛があれば」育ってくれることを実感した。

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